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弱気を克服する方法や体験談

僕は29歳の男性です。職業としては現在、自営業(フリーランス)をしております。

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浜田省吾さんに勇気を貰い弱気を克服しました

僕にとって起きてしまった困難とは、

「東日本大震災」により、家や車、友人知人(未だに行方不明)

が津波により跡形もなく流されてしまった事です。

 

僕は何とか着の身着のままで、

中学校の体育館に避難する事ができて難を逃れましたが、

この避難所での生活も過酷なものでした。

 

食料品も十分になく、トイレも最初はありませんでした。(後から仮設トイレが設置されました。)

おまけにライフラインが全部駄目になってしまったので、

携帯の充電も出来ない、歯磨きも髭剃りも出来ない。

お風呂なんてもってのほか・・・

 

この時は本当に辛くて辛くて「死んでしまいたい」とすら思いました。

 

 

この時に僕は自分が好きなアーティストの

「浜田省吾」さんの事を思い出したり、

曲を聴いたりして勇気づけられました。

 

彼の凄いところは、最初は全く売れずにデパートの屋上やら、

高校の文化祭・キャバレー等で歌っていたそうです。

 

しかも彼のデビュー曲「路地裏の少年」なんて、

周囲から「こんなもん売れないよ」「思いメッセージだよね?売れない売れない」

とまで言われていたのですが、彼はそんな苦境にもめげずに、

1986年に「J.BOY」というアルバムで1位を取りました。

 

これでトップミュージシャンの仲間入りをして、

その後はトップミュージシャン街道を走り続けております。

ここでも勇気を貰いました。

 

そして、いつの時代も「変わらない彼の姿」にも勇気を貰いました。

 

これは並大抵の努力ではないと思いますし、

彼のDVDの2001年のコンサートのDVDの特典映像で、

「足を肉離れを起こしているのにいつものように歌っていた。あの時はもう・・・すごかったですね」

と、盟友のギターリスト「町支寛治」さんが仰っていました。

 

以上の事から、

「自分も浜省のようにはいかないけど、少しでも尊敬する浜省に近づけるように男として頑張って、成長していこう!」

と思えたのです。

 

 

以上の浜省のエピソード知った事により、

避難所での生活は最初の1日~2日は、「絶望」しかなかったのですが、

「何とか頑張ってみよう!それこそ浜省だったらここでめげる事なんてしないはずだ!」

と思いました。

 

よって率先して避難所の掃除をしたり、トイレ掃除もしました。

3日目には自衛隊やら警察等からの援護もあり、

食料品や衛生用品等の物資が届き始めました。

この物資の分配等をしたり、

食料品に関しては主婦の方々と協力をして、配膳をしたりしました。

 

18リットルのポリ缶(水が入っていました。)を、2つ持って体育館に入っていったら、

見知らぬお婆ちゃんから

「あなた働きものだね。ありがとう。あなたのお蔭で皆助かっているよ」

と言われた時は、感動しました。

「男として成長」するには良い機会だったのかもしれません。

 

 

上記の内容と被る部分がありますが、

やはり自分の「尊敬する人」を作り、その尊敬する人がこの「苦境」にぶち当たった時に、

「どうするだろか?」「どうやるのだろうか?」と考えてみる事から始まると思います。

そして、それを実際に自分でやってみる事です。

 

これをすることにより「何かが」変わります。

よって自分は、「男として成長」できたと思っております。

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